TEXTILE DIVER 布を探しに

布につながるすべての感覚をひろげて 

雲のような木綿布

 西ティモールの丸い家“ウメックブブ”の窓のない閉ざされた真っ暗な内部空間は、囲炉裏の煙に燻されて隅々まで艶々と黒光しています。その梁に置かれた椰子籠には収穫した木綿がこんもり入っていて、木綿はこの先に続く糸への工程をのんびりと待っています。晴れた日の雲のように真っ白だった木綿の一部は燻されて雨雲色に。
ティモールでは茶綿を見たことも聞いたこともないのにたまにデタラメな茶の糸の入った縞のグラデーションの粗野な糸味と色味のある美しい布に出会うことがあります。いつも不思議に思っていました。時間と煙の悪戯、そしてそのことに寛容な織手との共同制作。どんな布が織り上がるか想像できますか?雲のような木綿布。

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雲を紡いだ糸

ティモールの神話には、真っ白な雲を紡いだ糸で布を織る女神のお話があります。右手で紡錘“イケ”を回しながら、左手に持った木綿を空中に引き伸ばす女性たちの姿は、地上で紡錘を回して天上の糸をちょっとずつ摘んで糸にする女神の姿と重なります。
糸を紡ぐ女神のお話は地球上のあらゆるところで伝えられています。あのミロのヴィーナスも糸を紡いでいたという説は有力です。糸を紡ぐ切り取られた手の部分と失われた手の部分は、全体への想像力をいっそう煽ります。1998ー1999年
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聖なる柱

西ティモールの乾いた言葉で“ニ レウ”と呼ばれる「聖なる柱」。“ニ”は柱、“レウ”は聖なる、神聖、または薬を意味します。儀式儀礼時に供物を捧げ祖先や自然界とのコンタクトのための場所です。人間に視聴領域があるように、見えているものに限界があると考えるのは無理なことではありません。見えているはずなのに見えていないトホホなこともよくあるのですから。
コンタクト、それは祈りであり、感覚の拡張。そのために彼らが想像した“かたち”です。
1998-1999年
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丸い家

西ティモール山間部の伝統家屋、大地の突起物のような丸い家“ウメックブブ”。アランアランと呼ばれる植物で地面までたっぷりと葺かれた家の中は真っ黒で、中央には囲炉裏、天井一面からは主食のトウモロコシがぶら下がっています。囲炉裏の煙は温もりは、そして煩わしい虫から人と食料を守ってくれますが、肺と目にはかなりの負担です。現在では四角い家も建てられ、生活も調度品も変わってきています。
物事の見え方、捉え方もいつのまにか丸から四角になっているのかも知れません。私の頭が固いのはきっとそのせいです。

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顔 1998-1999

匂いや体温まで感じるられるワンステップの距離に彼らは踏み込ませてくれました。私も臆することなく踏み込みレンズを向けます。標準レンズ5mmの関係。立ち位置は真正面直球、ほかに技はありません。ほぼ四分の1世紀前の行動はこの時にしか出来なかったことです。今この時間にしか出来ないことに向き合います。
西ティモール山間部、パッメト(乾いた土地)でウァブメト(乾いた言葉)を話し暮らすアトニの人々。アトニとは“乾いた言葉”で人、男を意味します。1998-1999年
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