むかしむかし、おじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんの大工仕事は村一番で、家の扉に彫る見事な彫刻は村の人をいつもびっくりさせました。
おばあさんの織物は村一番で、それはそれは天女も嫉妬しそうなほどに美しい織物でした。
おばあさんの織る布は、おばあさんのおばあさんのそのまたおばあさんから受け継いだ絣模様で、
その絣文様は、おばあさんのおばあさんのそのまたおばあさんへと繋がる文様でした。
村では織物は女の仕事、大工は男の仕事です。
おばあさんの美しい織物をいつも見ていたおじいさんは、自分でも一度織物を織ってみたいものだと考えていました。
でも村の掟で男は織物はできません。もし掟を破り機を織ったならばその罰として女になってしまうのです。
どんどんどんどん年月は過ぎて、村一番の織物を織るおばあさんは、村一番の年寄りになり、
空から降りてきた糸につかまってスルスルと天に昇って行ってしまいました。
おじいさんはおばあさんよりひとつ年下で、来年はおじいさんが村で一番の年寄りです。
おじいさんもすっかり年をとり、もう大工の仕事はできません。
毎日毎日、おばあさんの織った布に触れていました。
おじいさんは思いました、
「織物はしてはいけないけど、このおばあさんの布に扉に彫るように絵を描くのなら・・・」と。
おじいさんはその日から、針を使って色取り取りの糸で刺繍をはじめました。
椅子に腰掛けた女性、馬に乗る男性、大きなワニ、鳥人間、華やかなサロンの女性に、頭に籠を置く女性、
西洋風の装いの女性・・・それはまるでおじいさんとおばあさんの楽園のようでした。
出来上がったとき、おじいさんは村一番の年寄りになりました。
樹の根もとに静かに腰掛けたおじいさんは、大きな大きな樹になりぐんぐんと空に向かって伸び、
おばあさんのもとへといったとさ。
おしまい

ティモール島・ベル地方・アラスの女性用腰布。
この布を見せてくれた女性が、
「おばあさんが織って、おじいさんが刺繍したのよ」と話してくれました。
伝統的なティモールの布には刺繍の技法は見当たらず、また男性が機織をしたり布仕事をすることは女の領域に侵入することになり、
男性性を失うと言われています。
そこでこの布のお話し・・・