幸運にもわたしの手元に集まってくれた布や物の手入れをしながら梱包をはじめる。
偶然開いた新聞の見出しに、荷物を包む手が思わず止まる。「レトロス糸の布の値段 40,000,000ルピア-60,000,000ルピア」(Timor Express 1月19日 2017年)
40,000,000ルピアは1月21現在のレートだと約35万円、60,000,000ルピアだと約55万円になる。カラー写真も一緒に掲載されてはいるがどの布のことなのかまでは識別出来ない。
"レトロス"とは、ポルトガル領マカオ経由で運ばれてきた中国産の上質な絹のことで、ティモールの時代背景のある布にこの糸を見ることができる。インドネシア独立前に交易品として運ばれてきたレトロスの糸は、少し太めで絹特有の光沢があり、上品なピンク、グリーン、イエローであることが多い。西ティモールのインサナやビボキでは、藍や茜で染めた絣織物に一筋のレトロスの糸が織り込まれ、ベルでは縫取織の文様に使われていたりもする。レトロス糸は特権階級のステータスとして用いれたので、文様や技術などの織物全体のクオリティも当然高い。村で「レトロス糸の布があります」と声を掛けられ家まで出かけたことも、翌日、翌週に会う約束をして見せて貰ったことも何度もあるが、そのほとんどは"レトロス糸"とはほど遠い布だった。お婆ちゃん、祖先から受け継いだ布として大切保管してきた村人にとり、織り込まれたピンク色の糸をレトロス糸と思い込んでいる節もあり、事実彼らは"レトロス糸"を見たことがあるのだろうか?との疑問も湧いてくる。"レトロス"と言う言葉が加わると新聞記事の値段、もしくはそれ以上になる。
民族染織・芸術は民族思想の表れとして文様や形に意味を持ち継承されてきた。基本がありそこに作り手個人の感性が加わり、また糸の質や織りの具合で同じ民族の布でも織り上がりには微妙な違いが生じる。個人の嗜好もあるが、この差異の見分けこそが民族染織の楽しみでもある。
