TEXTILE DIVER 布を探しに

布につながるすべての感覚をひろげて 

毛糸だま 特別編集編 世界手芸紀行

”アジア、アフリカ、ヨーロッパ、中米の手仕事をつなげる日本人女性たち”でご紹介いただきました。



07 織りの島、腰機から生まれる纏いの布

西ティモールのブナ織り



インタビュー

人から人、布を運ぶのを生涯の仕事に









日本ヴォーグ社 1月30日発売



布を譲り受ける現地、布の会をしていただく日本、そして展示会に来てくださる布を愛する皆さま、本当に多く方々のお陰でわたしの仕事は成り立っています。

今回ご紹介していただいた”世界手仕事紀行”でも沢山の方にお世話になりました。

年々希薄になっってゆく民族染織ですが眼と脚と心を駆り立てその核心に触れることを願い、求め歩きます。

布が生み出してくれる人との関係と布に絡みつく幸せな日々のために。

Timor Express1月19日の記事

幸運にもわたしの手元に集まってくれた布や物の手入れをしながら梱包をはじめる。

偶然開いた新聞の見出しに、荷物を包む手が思わず止まる。「レトロス糸の布の値段 40,000,000ルピア-60,000,000ルピア」(Timor Express 1月19日 2017年)

40,000,000ルピアは1月21現在のレートだと約35万円、60,000,000ルピアだと約55万円になる。カラー写真も一緒に掲載されてはいるがどの布のことなのかまでは識別出来ない。

"レトロス"とは、ポルトガル領マカオ経由で運ばれてきた中国産の上質な絹のことで、ティモールの時代背景のある布にこの糸を見ることができる。インドネシア独立前に交易品として運ばれてきたレトロスの糸は、少し太めで絹特有の光沢があり、上品なピンク、グリーン、イエローであることが多い。西ティモールのインサナやビボキでは、藍や茜で染めた絣織物に一筋のレトロスの糸が織り込まれ、ベルでは縫取織の文様に使われていたりもする。レトロス糸は特権階級のステータスとして用いれたので、文様や技術などの織物全体のクオリティも当然高い。村で「レトロス糸の布があります」と声を掛けられ家まで出かけたことも、翌日、翌週に会う約束をして見せて貰ったことも何度もあるが、そのほとんどは"レトロス糸"とはほど遠い布だった。お婆ちゃん、祖先から受け継いだ布として大切保管してきた村人にとり、織り込まれたピンク色の糸をレトロス糸と思い込んでいる節もあり、事実彼らは"レトロス糸"を見たことがあるのだろうか?との疑問も湧いてくる。"レトロス"と言う言葉が加わると新聞記事の値段、もしくはそれ以上になる。



民族染織・芸術は民族思想の表れとして文様や形に意味を持ち継承されてきた。基本がありそこに作り手個人の感性が加わり、また糸の質や織りの具合で同じ民族の布でも織り上がりには微妙な違いが生じる。個人の嗜好もあるが、この差異の見分けこそが民族染織の楽しみでもある。



雨季のティモール

灰色の空から、堪え切れなくなった大量の雨が一気に大地に降り注ぐ。そのお陰で気温は下がり涼しい風が吹き抜ける。終盤を迎えた旅を振り返るには丁度いい時間。太陽の下では微睡みに誘われ思考は停止してしまう。

一昨日、ティモール山間部からクパンの街に戻り梱包を始める。いつものように箱に収めた後、プラスチックのシートで包みビニールテープで縫い合わせる。安全な旅と無事の到着を願いおまじないを唱える。

馴染みの郵便局の女性は「一ヶ月と15日」と自信を持って明確な到着日を伝えてくれる。今から数えたその日にちをノートに書き込み、あとは待つしかない。



ティモール島には1月14日にスンバ島から渡る。聞くと雨季に入ったはずなのに既に一ヶ月、雨が降っていないという。旅するには嬉しいニュースも村の人々を思うと切なくなる。本来であれば11月中頃から雨季がはじまり、トウモロコシの種が蒔かれ、4・5月に収穫されたものが村人の一年の食料となる。

気象状況の変化は伝統の暮らしのリズムを容易に破壊する。乾季の厳しい生活を想像すると頭上に広がる青い空が疎ましく雨が降ることを祈る。雨が降っても、雪が降っても、槍が降っても、こちらの布を情報を現場を求める気持ちに迷いはなく、その風土こそが独自の織物を生み出す。日本の展示会でも「布好きは、雨が降っても、雪が降っても、槍が降っても」と言って来てくださる布を愛する方々の思いも体に沁み込んでいる。



祈りが届いたのか、わたしがティモールに上陸してからは毎日雨の歓迎を受けている。雨宿りの軒先で、訪ねた村の家で、雨が止むのを、布との出会いを静かに待つ。