TEXTILE DIVER 布を探しに

布につながるすべての感覚をひろげて 

「布を探しに」  テトゥンの村

朝7時、約束の時間にその老人はやって来ました。

細身の身体に小さな紙袋をひとつ提げて。



「ほかの人には見せられないのです」と真剣な面持ちでいうので、

普段は絶対に人を招きいれることはない自分の部屋で、その布を拡げ見せてもらうことにします。。



寝台がひとつ置いてあるだけの部屋の床には30cm角の白いタイルが貼られ、白い布が無造作に掛かる窓から朝の光が差し込んでしました。

老人は部屋の入り口でサンダルを脱ぎ、跪いて手にしていた紙袋を置くと懐から布の包みを取りだします。

その布包みを丁寧に拡げ布の一部が見えたとき「ああ、本物・・・」



その老人とは前日に逢いました。ティモール島のほぼ中央、東ティモールとの国境に面するベル県マラカ地方のテトゥン人の村を訪れたときに。



いつものように村を訪れ、家を訪ね「布を探しています」とここにわたしが着たそのわけを話します。

家の女性は「この村には随分前から布を探しに人が入っていて、もう古いものは残っていないのです」

それでも親切に周辺の家に声をかけてくれ、何人かの女性が布を持って集まり見せてくれました。

布は市場で購入した鮮やかな色糸で、伝統的な技法を用いこの地域の文様が織られていました。

それらの布はお祭りや特別のときに纏うもので、日常の生活で伝統の布を身につけている人は誰もなく、

人々はTシャツにスカート、ズボンを着用していました。

気に入った布が1枚ありそれを分けていただき、布を見せてくれた方々にお礼をいい立ち去ろうすると、

「食事の用意ができていますから召し上がっていって下さい、残念なことに肉はありませんが」

このもてなしは西ティモールを旅しているとどこででも受けます。

突然訪れた人間に食事を出してくれる・・・これを断ることは相手をとても傷つけます。

そして肉のないことを詫びるのです。

出された食事はこの村で作られている陸稲と近くの川で獲ったエビでした。

川は恵みも与えてくれますが雨季になると氾濫しこの一帯の土地を水浸しにしてすべてを奪ってしまいます。



食事中に家の女性が、「老人が外で待っています」と伝えてくれました。

このとき食事を断っていたら、その老人と逢うことはなかったでしょう。



彼は話します。

「布をお探しですか、古い布を? わたしたちには売りたいと考えている古い布があります。ただその布は今すぐお持ちすることはできません。

伝統の家に納めてある布なのでその家から持ち出すための許可をわたしたちの祖先に得なくてはなりませんから。明日まで待てますか?」



そしてわたしは村からほぼ一時間のべトゥンの町に泊まることにしたのです。





白いタイルの上に布を拡げたとき、まるで布の精霊が眠りから覚め舞いはじめたような気が流れました。

深い藍の手紡ぎ糸にレトロスと呼ばれるシルク糸で、それは馬に跨った男性、腰衣を纏い椅子に座る女性、牛や爬虫類の動物文に幾何学文様が

縫取織(スイ テトゥン語)の技法でびっしりと描かれていました。一見刺繍のようにも見えるその布はとても現代的でもありました。

藍の地布は溶けてしまいそうなほどトロトロなのにどっしりとした重さが伝わってくるのです。

小さなほころびが2箇所、それは糸自身が劣化してできたもので、年をとることで細胞自体がエラーを起こしたように。



わたしは恐る恐るどのような価格で売りたいのかを尋ねました。

老人は値段を口にすることが悪いことでもあるかのようになかなか答えようとはしません。

しばらくして同じように希望の価格を尋ねます・・・

やっとのことで重い口を開いた老人が言った値段は、日本の高級車一台分の値段でした。

「この布はひとりの人間の持物ではなく一族のものです。みなで話しあった結果の値段なのです、びっくりするような値段ですがそういう値段なのです」



わたしは老人の話から、一族が布を手放すことをとても恐れていると感じられました。

布を売ってお金がほしいという思いと、布を売り払ってしまったことで降りかかるさまざまな問題や不幸や災い、

祖先の怒りを覚悟する、その対価に見合う値段でなければなりません。

布を売ることは祖先を売ること、祖先を喪失することなのです



この布がどのような運命をたどるのか・・・わたしには分かりません。

このままここで一族に安らぎと恐れを与え見守り見守られ朽ちてゆくのか、

それとも世代が変わり祖先をすでに失った人々によりお金にその場所を譲ることになるのか、

どちらであったとしても、それは布自身が決めるのかもしれません。



本来の場所を離れ、永久的に保存される布

生まれた土地で人々と一緒に朽ちてゆく布・・・どちらも本物の布の姿だと思います。