TEXTILE DIVER 布を探しに

布につながるすべての感覚をひろげて 

縄文人とアトニ人

先日の骨董市で、スラウェシ タナトラジャのいい感じのタパを地面に敷いて、

ティモールの石の顔や骨の面、木偶や面などを並べて商っていた。

商っていたというよりは久しぶりに外に並べて楽しんでいたいたといったほうが正しいかもしれない。

興味を持つ方はけして多くはないので。



レジャー用の折畳み椅子に腰掛けているので前を通り過ぎる人の、

肩から靴までが丁度視界に入り、肩から上の頭部は途切れる。

そんな風景を視線を集中しないでボッーと一日眺めているのも悪くない。



ふっと、紙袋を持った人が目の前に止まったので見上げると、

160×137cmのなかに並んでいるモノをくるっと眺めて荷物を降ろしてしゃがんだ。



ティモール島アトニ人の装飾を手にとり「こんなところに勾玉がある」

そして木偶を見て「縄文だね」と仰った。

その木偶は単純な形で妊婦が彫られ、その膨れたお腹には妊娠線が数本入っていた。

「古いものかい」

「わかりません。ただティモールのアトニ人は場所によって、2013年のこの同じ時間に縄文人のような竪穴住居に近い家にまだ住んでいます」

「縄文は好きかい、この前京橋で展示会をしたからカタログを送るよ」





初めてあった方からカタログが届いた。

今まで美術館や写真集ではその場所を土偶や土器に譲り、

また見る側の記憶に残ることのなかった縄文の欠片がそこには写っていた。

縄文人はいったいどれだけのモノを創造したのであろうか。

日常のモノ、儀礼のモノ、そして造ることそれ自体が祈りの時間であったことは想像に難しくない。

モノを造るということと造られたモノの本当の意味。



時間も場所もまるっきり違う縄文人とアトニ人が、人と物の新たな出会いでまた新しく発見され繋げられた。



個人コレクションによる

「縄文の土偶・石製品」

去来 2013



素晴らしいカタログを頂いた。