TEXTILE DIVER 布を探しに

布につながるすべての感覚をひろげて 

孤児 ~フアン・ホセ・サエール~

ロンボクで出会った小ぶりで可愛いオレンジ色の格子の布。

大きさからして子供用と考えられる腰布は、あちこち糸が切れて布は裂け、

大きな穴が2つあいている。

そのボロさに愛しさがこみ上げる一方で、

繕われることなく放置されていることに憐れさを感じる。

布を織った人、使った人が気にかけないのなら、

自分が修理すればいいと簡単に考え、

考えるようにしているといったほうがいいかもしれない、

実際の修理にはとてつもない時間がかかる。



旅のあいだも朝夜時間をつくり少しづつ糸を入れていく。

どの宿の明かりも薄暗く、

携帯しているヘッドライトを着装して手元を照らす。

いつものことでそんな布々を2枚3枚・・・

とレスキュー隊員のごとく保護を繰り返していれば、

穴ぼこだらけの布がどんどん集まってくる。

帰国後も時間を見つけては修理する。

すぐに修理のすむ布もあるし、

何年かかかってようやく展示会に並ぶ布もある。



もちろん穴があいたままでも美しい布もあり、

また繕いかたで繕ったほうが美しい布もある。



たとえその手が布を産んだ手ではなく他人の手だとしても、

破けたり裂けたりしたとこを元に戻す作業する時間と、

少しでも長く布が存在しほしいという気持ちが針と糸で布に加わるのだから。





ファン・ホセ・サニールの「孤児」を最近読んだ。

舞台は16世紀、ひとりの孤児が水夫となり新大陸を目指し、

そこでインディオの捕虜となり彼らと生活を共にする。

この小説のなかに、

「彼らはなんとしてもこの不確かな移ろいやすい世界を存続させようとする。

矢の一本でも無駄にすることは、現実世界の断片をひとつ失うのに等しい」





手元で布を繕いながら、日本民藝館で先日観たカンタと刺子を思う。

「糸の一本でも無駄にすることは、現実世界の断片をひとつ失うのに等しい」

不確かな移ろいやすい世界の存続を一針一針にゆだねているのかも。



観たこと読んだことが引き合い、イメージが繋がる。



わたしの布の繕いにそんな効力が働くわけはなく、

あわよくば布の神様がわたしの布の仕事の存続を助けてくれるようにと・・・

そんなもくろみはお見通しであろうが。









孤児 フアン・ホセ・サエール

寺尾隆吉 訳

水声社 2013年5月